警備業の最低賃金対応で最初に検討したい国の制度は、厚生労働省の「業務改善助成金」である。事業場内で最も低い時間給を一定額以上引き上げ、生産性向上につながる設備投資やコンサルティングを行った費用の一部が助成される。ただし助成されるのは設備投資等の費用であって、引き上げた人件費そのものを補う制度ではない。この点を誤解したまま申請すると、資金計画が崩れる。本記事は、警備会社の経営者が賃上げ原資の考え方と制度の選び方を判断できるよう、令和8年度の助成上限額と申請条件を厚生労働省の一次資料にもとづいて整理する。
この記事でわかること
- 業務改善助成金が「賃上げ原資の補填」ではない理由と、資金計画の立て方
- 令和8年度の助成上限額(50円・70円・90円の3コース)と助成率
- 警備業で設備投資として検討しやすい分野と、対象にならない経費の注意点
- 2026年度の申請期限と、賃上げのタイミングで失敗しやすい点
- 業務改善助成金以外に組み合わせを検討できる制度
結論|助成金は賃上げ原資そのものを補填しない
警備業は、人件費が原価の大部分を占めるビジネスである。地域別最低賃金が上がると、事業場内で最も低い時給の警備員から順に賃金を引き上げざるを得ず、発注者との契約単価の見直しが追いつかなければ、そのまま利益を圧迫する。
このとき「賃上げした分を助成金で補ってもらえる」と考える経営者は多い。しかし、業務改善助成金の仕組みは次のとおりである(出典は後述の厚生労働省リーフレット)。
- 1. 事業場内最低賃金を、コースごとに定められた額(50円以上・70円以上・90円以上)引き上げる
- 2. 生産性向上に資する設備投資等(機械設備の導入やコンサルティングなど)を行う
- 3. その設備投資等にかかった費用に助成率をかけた額と、助成上限額を比べ、いずれか低い額が助成される
つまり、助成金の入口は「賃上げ」でも、出口は「設備投資等の費用の一部」である。引き上げた時給の差額分を月々補ってくれる制度ではない。したがって賃上げ原資の確保は、契約単価の見直し、シフトの組み方の改善、設備投資による作業時間の短縮といった経営側の手当てとセットで考える必要がある。助成金は、そのうち設備投資の負担を軽くする役割を担う。
業務改善助成金の令和8年度の助成上限額と助成率
令和8年度の業務改善助成金は、引き上げる額によって50円コース・70円コース・90円コースに分かれる。助成上限額は、コース、引き上げる労働者の人数、事業場規模(30人未満かどうか)で決まる。
助成率は、事業場内最低賃金が1,050円未満の事業者で4/5、1,050円以上の事業者で3/4である。
| 引き上げる労働者数 | 50円コース(30人未満/それ以外) | 70円コース(30人未満/それ以外) | 90円コース(30人未満/それ以外) |
|---|---|---|---|
| 1人 | 40万円/30万円 | 50万円/40万円 | 100万円/90万円 |
| 2〜3人 | 70万円/40万円 | 100万円/50万円 | 240万円/150万円 |
| 4〜5人 | 70万円/70万円 | 130万円/130万円 | 270万円/270万円 |
| 6〜7人 | 90万円/90万円 | 180万円/180万円 | 360万円/360万円 |
| 8人以上 | 110万円/110万円 | 230万円/230万円 | 450万円/450万円 |
| 10人以上※ | 130万円/130万円 | 300万円/300万円 | 600万円/600万円 |
※10人以上の区分は、特例事業者が10人以上の労働者の賃金を引き上げる場合に対象となる。
この表は、厚生労働省「令和8年度 業務改善助成金のご案内」(リーフレット)の助成上限額を転記したものである。「最大600万円」という表現を見かけるが、それは特例事業者が90円コースで10人以上の賃金を引き上げた場合の上限であり、すべての事業者が受け取れる額ではない。
特例事業者とは、リーフレットによれば、事業場内最低賃金が1,050円未満の事業者、または原材料費の高騰など外的要因により申請前6か月間平均の利益率が前年度比で3%ポイント以上低下している事業者である。自社が該当するかは、労働局または最新の交付要領で確認してほしい。
助成額の計算例(想定事例)
事業場内最低賃金が1,040円の警備会社(従業員30人以上)が、8人の警備員の時給を90円引き上げて1,130円とし、600万円の設備投資を行った場合を想定する。リーフレットの計算例と同じ考え方である。
- 設備投資費用×助成率 = 600万円×4/5 = 480万円
- 90円コース・8人以上の助成上限額 = 450万円
- いずれか低い額である450万円が助成の上限となる
実際には、助成対象となる経費の範囲、審査、予算の状況によって結果は変わる。あくまで計算の考え方を示す想定であり、受給を約束するものではない。
警備業で設備投資として検討しやすい分野
業務改善助成金の対象は「生産性向上に資する設備投資等」である。リーフレットは、機器・設備の導入、国家資格者による業務フローの見直しなどの経営コンサルティング、顧客管理情報のシステム化といった例を挙げている。警備業の業務に当てはめて検討する際の考え方を整理したのが次の表である。
| 警備業の課題 | 設備投資等の考え方 | 注意点 |
|---|---|---|
| シフト作成・勤怠集計に管理者の時間がかかる | シフト・勤怠管理のシステム化 | 導入するシステムが生産性向上に資すると説明できることが前提 |
| 報告書・日報の作成や転記が負担 | 報告業務のシステム化 | PC・スマホ・タブレットなどの端末は原則対象外(後述) |
| 配置計画や請求の流れに無駄が多い | 国家資格者による業務フロー見直しのコンサルティング | 交付決定前に契約・支払いを済ませると対象外 |
| 現場の移動や準備に時間がかかる | 作業時間の短縮につながる機器の導入 | 自動車は令和8年度から対象外(特殊用途自動車を除く) |
いずれも、個別の経費が対象になるかどうかは、交付要領にもとづく労働局の判断による。ここでは導入の方向性を示すにとどまる。
特に注意したいのが、パソコン・スマートフォン・タブレットなどの端末と周辺機器である。リーフレットによれば、これらは一般の事業者では助成対象外で、物価高騰等要件に該当する特例事業者に限り、新規導入のみが対象となる。また、令和8年度から、これまで特例として助成対象だった自動車(特殊用途自動車を除く)は対象外になった。昨年度までの情報をもとにした記事や見積もりをそのまま信じず、必ず令和8年度の資料で確かめたい。
申請条件と期限|2026年度は11月30日が上限
業務改善助成金の主な条件は、リーフレットによると次のとおりである。
- 中小企業・小規模事業者であること(大企業と密接な関係を有するみなし大企業でないこと)
- 事業場内最低賃金が、令和8年度の地域別最低賃金未満であること
- 解雇、賃金引き下げなどの不交付事由がないこと
事業場内最低賃金とは、事業場で最も低い時間給を指す。ただし業務改善助成金では、雇入れ後6か月を経過した労働者の事業場内最低賃金を引き上げる必要がある。試用期間や新任教育の期間中の時給を別に設定している場合の扱いは、労働局に確認するとよい。
引き上げる対象労働者は、雇用保険に加入し、週の所定労働時間が20時間以上の者である。短時間のアルバイト警備員が中心の会社では、この条件で人数を数えられなくなることがある。この点は雇用保険に入っていないパートの扱いを整理した雇用保険に入っていないパートは助成金の対象になる?も参照してほしい。
申請期間
令和8年度の交付申請は令和8年9月1日に受付が始まっており、申請期間は、申請事業場の都道府県で適用される地域別最低賃金の発効日の前日または令和8年11月30日のいずれか早い日までである。厚生労働省のページは、都道府県によっては9月末が申請期限になると注意喚起している。事業完了期限は交付決定年度の1月31日である。
この記事を読んでいる時点で期限を過ぎている地域もあり得る。まず自社の都道府県の発効日を確認することが、最初の一歩になる。また、国の予算の範囲内で交付されるため、申請期間内でも募集が終了する場合がある。
賃上げのタイミングで失敗しやすい点
リーフレットに明記されている注意点を、警備業の運用に合わせて並べる。
- 1. 地域別最低賃金の発効に対応して賃金を引き上げる場合は、発効日の前日までに引き上げを完了する必要がある。発効日当日に引き上げると対象外になる
- 2. 引上げ後の事業場内最低賃金と同額を、就業規則等に定める必要がある
- 3. 事業場内最低賃金を複数回に分けて引き上げることは認められない
- 4. 交付決定前に助成対象の設備を導入した場合は、助成対象にならない
- 5. 同一事業所の申請は年度内1回までである
賃上げしたあとに賃金を下げると返還リスクが生じる点は、賃上げした後に賃金を下げたら助成金はどうなる?も参照してほしい。申請の流れを書類単位で確認したい場合は業務改善助成金の申請方法が役に立つ。最低賃金改定とのタイミングは最低賃金が上がったら業務改善助成金はどうなる?も参考になる。
業務改善助成金以外に検討できる制度
業務改善助成金は設備投資が前提のため、設備投資の予定がない警備会社には使いにくい。その場合に検討候補になるのが、キャリアアップ助成金である。
厚生労働省のキャリアアップ助成金のページによれば、令和8年度のコースは、正社員化コース、障害者正社員化コース、賃金規定等改定コース、賃金規定等共通化コース、賞与・退職金制度導入コース、短時間労働者労働時間延長支援コースの6つである。警備業の賃上げと相性がよいのは、有期雇用の警備員を正社員に転換する正社員化コースと、賃金規定を改定して非正規雇用の賃金を引き上げる賃金規定等改定コースである。
正社員化コースは、中小企業が有期雇用労働者を正社員に転換した場合、重点支援対象者であれば1人あたり80万円(40万円×2期)、それ以外は40万円が支給される。80万円は重点支援対象者に限った額であり、全員に当てはまるわけではない。転換後6か月間の賃金を転換前より3%以上増額させることなどが条件になる(厚生労働省「正社員化コースのご案内」令和8年4月8日版)。賃金規定等改定コースの金額は、最新のパンフレットで確認してほしい。
各コースの違いはキャリアアップ助成金の全コース比較も参照してほしい。
業務改善助成金を使うかどうかの判断軸
ここまでの内容から、警備会社が申請を検討する際の判断の順番を整理する。
| 確認する順番 | 見るポイント | 次の行動 |
|---|---|---|
| 1 | 自社の都道府県の最低賃金発効日と、申請期限 | 期限が近ければ、先に労働局へ相談する |
| 2 | 事業場内最低賃金の現状と、引き上げる人数・金額 | 50円・70円・90円のどのコースに当たるか確定する |
| 3 | 設備投資・コンサルの候補と、対象経費に当たるか | 見積書を取る前に、労働局へ対象可否を確認する |
| 4 | 賃上げ後の資金繰り(契約単価・シフト) | 助成金が入る時期より賃上げの方が先になることを織り込む |
助成金の入金は、設備投資の実施と実績報告のあとである。賃上げの人件費は先に発生するため、運転資金の確保が欠かせない。
自社で進めるか、専門家に頼むか
業務改善助成金の申請は、賃上げ計画と設備投資計画の両方を整合させて書類にまとめる必要がある。警備会社は管理部門が少ないことが多く、現場の運用と並行して申請するのは負担になりやすい。専門家に依頼する場合の主な類型は次のとおりである。
| 依頼先の類型 | 特徴 | 検討するときの視点 |
|---|---|---|
| 社会保険労務士個人 | 労務に詳しく、就業規則の改定まで任せやすい | 助成金の取扱い実績の有無を確認する |
| 着手金型のコンサル | 着手時に費用が発生する | 不支給の場合の取り扱いを契約書で確認する |
| 成果報酬を含む型 | 受給額に応じた手数料が発生する | 手数料率と、制度の提案範囲を確認する |
| 月額顧問型 | 継続的に制度の提案を受けられる | 月額に含まれる範囲を確認する |
なお、助成金の申請書類の作成代行は、社会保険労務士法との関係に注意が必要である。依頼先を選ぶ際の注意点は助成金の無資格代行は違法?を参照し、社会保険労務士が関与しているかを確認したうえで選ぶとよい。
よくある質問
Q1. 業務改善助成金で、賃上げした人件費の差額は補填されますか。
補填されません。助成されるのは、生産性向上に資する設備投資等にかかった費用の一部です。賃上げ後の人件費は、会社が負担する前提で資金計画を立てる必要があります。
Q2. パートやアルバイトの警備員も、引き上げる労働者に数えられますか。
引き上げる対象労働者は、雇用保険に加入し、週の所定労働時間が20時間以上の者です。週20時間未満の方や雇用保険未加入の方は、人数に数えられません。
Q3. 申請期限を過ぎてしまった場合はどうすればよいですか。
令和8年度分の交付申請は、地域別最低賃金の発効日の前日または11月30日のいずれか早い日が期限です。過ぎた場合は、翌年度以降の公募に備え、事業場内最低賃金の引上げ計画と設備投資の見積もりを先に準備しておくとよいでしょう。
Q4. 設備を先に購入してから申請してもよいですか。
交付決定前に助成対象の設備を導入した場合は、助成の対象になりません。見積もりの取得までは進めても、発注・支払いは交付決定後にしてください。
参照した厚生労働省の一次資料(2026年10月29日確認)
- 業務改善助成金(厚生労働省):https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03.html
- 令和8年度 業務改善助成金のご案内(リーフレット):https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001693381.pdf
- キャリアアップ助成金(厚生労働省):https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/jigyounushi/career.html
- キャリアアップ助成金(正社員化コース)のご案内(令和8年4月8日版):https://www.mhlw.go.jp/content/11910500/001687990.pdf
警備業全体で使える制度を広く知りたい場合は、警備業が使える助成金・補助金まとめも確認してほしい。賃上げ全般の制度は中小企業の賃上げ・最低賃金対応で使える助成金まとめも参照してほしい。
まとめ|助成金・補助金の申請はTrue Partnersに相談を
警備業の最低賃金対応では、業務改善助成金が有力な候補になる。ただし助成されるのは設備投資等の費用の一部で、賃上げした人件費そのものは補填されない。申請期限は地域別最低賃金の発効日の前日か11月30日の早い方であり、賃上げのタイミングや設備の発注時期を誤ると対象外になる。審査があり、要件を満たしていることが前提である。
| プラン | 月額 | 申請代行手数料 | 保証 |
|---|---|---|---|
| ライト | 10,000円 | 受給額の25% | - |
| スタンダード(人気プラン) | 33,000円 | 受給額の15% | - |
| プレミアム(イチオシ) | 55,000円 | 受給額の15% | 受給額保証※ |
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